付き合う、って契約じゃないの?

許せないものは路上喫煙、七嶋です。

先日大学時代の友人とリモート飲みをしており、ふと思うことがあったので、考えたことを少し書いてみたいと思います。

恋愛結婚が多数派の現社会において、僕が中学生くらいかな、姉と結婚と恋愛の関係について意見を交わしたことがあります。

恋愛の中に内包されているのが結婚なのか、いや、恋愛と結婚はまた別のものではないのか。それを数学的に「または」とか「かつ」とかを使って話していた時点で、この姉妹当事者意識ないなって感じで面白かったんですけど(苦笑)

ちょっと詳細は忘れましたけど、まあ後者なんだろうというようなことだったと思います。でも、世間はそうだとしても、自分はどうなの??

付き合う、とは「一緒にいる契約」のようなものだと、確か自認前から思っていました。しかも「いつまで」という期限の取り交わしが曖昧な契約。何事もなければ、いつまでも続くもの。

仮にいつまでも続くとしたら、それはいつまでも→生涯→結婚に繋がるようなもの。繋がりうるもの。そんな風に思っていたように思います。

では契約を解消するにあたって、どのようなことが考えられるでしょう。価値観が違う、またはずれていった。一緒にいるなかで相性の不一致が明らかになった。僕からすると、考えられるのはそういった、ふたりの間の関係性の話

ところがどすこい。ロマンティックの方には「恋愛感情がさめた」や「他に好きな人ができた」で別れることもありますね。それは片方の感情に由来する原因です。

それが「良い」とか「悪い」とかではなく、純粋に僕は分からない、と思ってしまいます。だって契約をしたのに、と。

今振り返って考えてみれば、僕には初めから相手に対する「恋愛感情」というものがない(もしくは分からない)わけで、その感情の変化に起因して契約を解消するということが、僕の発想としてなかったのだと思います。

例えば付き合っているときに「あ、あの人いいな」と思うとします(その「いいな」は、もしかしたら恋愛感情的なのかもしれないし、憧れ的な何かなのかもしれません)。だけど、僕にはもう付き合っている人がいるという事実が、僕をそう思うに留めさせることと思います。「いいな」が「好き」に変わることを、意識的に抑制するというか、そんな感じ。たぶん、そんな状況になったことないから分からないけど。

(余談ですがそもそもで言ってしまうと、どの種類か分からなくても人を「好き」と感じたとして、僕はその人と付き合いたいと思わないんですよね。「好き」から「付き合う」までには、五段階くらいステップがあるイメージ)

だからとにかく、そういった感情の変化によって僕から振ることはないなあ……、みたいな。説明が難しいですが、感情の変化が起きないようにする努める、可能な範囲で一緒にいようと努める、そういう契約だと思っている節があるので。

まあでも相手から「好きな人ができたから別れてくれ」と言われたら、特に引き留める理由もないので承諾するでしょう。相手に対して「契約違反じゃん!」とはならないというか。でもそれってどうなの?? と自分でもちょっと思っていたわけで。

そんなですのでもし付き合ったら、「俺(ないし私)のことが好きか分からない」なんて言われて振られることありそうだなあ……と、ずっと思っておりました。まあ言われたことのないままここまで生きてきたので、きっと言われず終いでしょう。

ええと詰まるとこと、付き合う、において契約的側面を重視するか、恋愛感情を重視する。僕は圧倒的前者の人間ですが、そういえば大体の場合は後者があって初めて「付き合う」が発生するのか、と思うと、なんだかよく分からなくなり、最終的にはいろんな人がいるんだなあ終わり、と考えることを辞めました。

前者ばかりに考えがいくのはアロマンティックあるあるなのでしょうか。まあ、友人よ、君が幸せになってくれればそれでいいよ。

いつも以上にとりとめがないですが、今日はこのくらいで。それでは。

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