自認についてのあれこれ(4)

さて、前回はXジェンダーに出会ってからの話でしたが、それ以前を振り返ると、まあまあいくつかそれらしいエピソードがあったなあという振り返りです。
誤解し欲しくないのは、決してそういう話がなければいけないわけでもないですし、ただ、現在の自分がXジェンダーだと感じていればそれはXジェンダーだと言うことです。
自認にも早めに自認する人と遅めに自認する人がいますのでね、はい。

で、僕の話。幼稚園のころ男の子になりたいと思っていました。今となってはなんであの頃そう思っていたんだろうと言う感覚ですが、まあ、理由らしい理由はなかったのでしょう。男の子になりたかったのです。
なぜだか漠然と男は外で働き、女は家庭を支えるというジェンダーロールを見たとき、将来は男性側になりたいと思っていたのをぼんやり覚えています。だって出産ってとんでもなく大変なんでしょ? という理由、だったかなあ(消極的選択)

そして入学式、小学生になりました。このころになると、女の子らしい格好はしたくない、という自我が出てきますね。さらに自分に訪れるであろう身体変化に怯える日々が始まります。身体違和と言うやつです。まあなったしまったものは仕方がないなと言う感じで、どうしても受け入れられないわけではありませんでしたが、残念だなと言う気持ちでした。

さらに中学生、漫画アニメ、髪形、服装、いわゆる男子らしいものを好む傾向に一向に変化は見られません。僕には姉がいるのですが、姉は髪を伸ばしたり、かわいく結ったりしていました。小学生の時はそんな風に自分も変わるだろうかと思っていましたが、僕は短いまままか、美容院に行かず放っておいた結果ひとつ結びにして「これはこれで楽だな」なんてやっていました。

高校大学もまあおよそ同様ですね。髪形はバチッ(今ほどではなく、あくまで女性ショートの範囲?)と切ってから、伸びたら邪魔なので結わえて、限界が来たらまた切る。髪は邪魔なものという認識で、これを繰り返していました。身体違和は相変わらずありましたので、胸が目立たないようにひどく猫背で過ごしていました。

大学生になったんだから「ちょっとくらいおしゃれをせい」という親からの圧力もありましたが、いやあ着たくない着たくない。慣れればいけるのかなと買ったこともありましたが、それを着ていると一日中ソワソワとしてなりませんでした。
誕生日に姉からもらった化粧道具一式は、いまだにほとんど使われずに残っています(ごめんね)。化粧は社会人になってBBクリーム塗るくらいだったなあ。

自認したのは社会人二年目でしたが、そこからじわじわとフェミニンなものが本当にダメになっていきました。ちょっとだけのレース、ちょっとだけふわっとした袖、そんなほぼ無地のシャツさえ、着ている自分に違和感がありました。
もちろん服装=ジェンダーの表現ではなく、それはあくまで好みの問題でしかありませんが、僕の中では服装によるジェンダーの表現という問題が感覚的に大きかったようです。ほぼ無印のシャツにチノパンくらいしか着なくなりました。それで何も言われなかったので良かったですが、もし上司に服装のことで何か言われたらカムするつもりでした。

それでも、お客さん仕事をしている以上、ぱっと見で男性か女性か分からないというのは、相手に多々混乱を与えます。なので全体的にはあくまで「女性」という範囲のぎりぎりで身なりを整えていました。

この度この仕事を辞めるということで、恐れるものはなし、現在髪はバッチバチのメンズショートです。楽です。しっくりきたァ……、これだよこれェ……、という感覚で非常に楽です。
ただ自分がそこまで身なりに囚われているとは思っていなかったので、こんなに外見を自由にしてしっくりくるものになると言うのは思わぬ副産物でした。

ただ、前回お話したように、いよいよ性別不明感が出てきたので、さてどうしようと思っているところです。

さて、自認の話はこれでおしまいになります。次回からはなんかしらこう、日々を更新出来たらなあと思います。

それでは。

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